明日の広報①『Post-Truth ポスト真実』時代とコミュニケーション

オックスフォード辞書の2016年の今年の言葉に「Post-Truth ポスト真実」が選ばれた。英国のブレグジット(EU離脱)と米大統領選のトランプ勝利に象徴される「客観的事実(真実)より感情的な訴えが勝る感情化社会の到来」を示す言葉として注目を集めている。

真実が絶対価値ではない時代

EU離脱やトランプ支持の「ポスト真実」派は、事実を冷静に客観的に見れば、論理的に正しい「真実」であるにもかかわらず、自分たちの主張がひたすら正しいと信じている人達だけではない。自分たちの主張は間違いだと分かっている人もかなり含まれている。真実であるかどうかについて関心がない(薄い)人達だといえよう。真実が絶対価値ではない時代になったといえよう。

感情化社会の基底にあるのは共感である。共感は人の感情が共有される何らかの共通項がある時に生まれる。「ポスト真実」派の共通項は、グローバリゼーションとIT化が行きついた結果(失業や境遇悪化)からもたらされた行き場のない絶望感、不安感といった「共感」であった。

産業が労働賃金の安い生活水準の低い開発途上国へ移転し、一方で大量の移民流入によってこれまでの生活が脅かされ、貧困、不公平感、もはや失うものがないといったネガティブな感情の渦が「真実」の敗北をもたらした。成長から取り残された米中西部・ラストベルト地帯のプアホワイト層化した人達と英国の内陸・非大都市部の同じ境遇の人達が起こした21世紀のラッダイト運動の一時的勝利が「ポスト真実」だった。

 

マズローの欲求5段階説は人の欲求は低次の第一階層の食べる、寝るの生理的欲求からスタートし、ピラミッドのように、より高次の階層の欲求へと上昇していくというもの。第二階層は安心・安全な暮らしを望む安全欲求、次の第三階層は集団に帰属するという社会的(帰属)欲求、第四階層が他者から認められたい尊厳(承認)欲求、最後が第五階層の自己実現欲求となる。人は欲求レベルが上がっていくにつれ、満足度が高まるが、逆に一旦到達した階層から落ちこぼれた時は強い心理的ショックを受ける。「ポスト真実」派の多くが、グローバリゼーションの進展によって自分の属する階層から落ちこぼれていった人達である。その絶望感、棄民意識は強固な反グローバリズムの共感へと収斂していった。こうした人々の感情(共感)が真実(論理)を越えた感情化社会の時代を招いた。

 

マズローの欲求5段階解説の図

 

20年以上前だが、米国人の7割は一生、海を見ることなく死んでいくという話を聞いた。ネットで世界が空間(距離)と時間を越えてリアルタイムに結びついた社会になったが、意外と人のリアルなコミュニティは小さい。日常頻繁に電話で話す人は10人以下、ソーシャルメディアでもせいぜい50人程だそうだ。人は小さなコミュニティ(村)の中で日々の暮らしに直結した生活をおくり、ほとんどエンタメ情報だけに接する日常を生きている。ソーシャルメディアが当り前の日常になった今、情報源信頼度トップは友人・知人からの情報である。そもそも友人・知人は自分と価値観、好み等が近い人であり、自分のことを深く理解している親密な関係にある。当然、自分が知りたい、関心の高い情報が何かを知っており、適切かつ必要性の高い情報が自分から取りに行かなくても友人・知人という外部から自然にもたらされる。

情報入手でこうした高いメリットが得られる反面、ネット社会では情報の「偏在化」という問題も発生する。自分の属するコミュニティで関心のある情報以外を遮断する傾向である。社会全体を俯瞰する情報や視点、たまたまの気づき(セレンティビティ)が失われて、小さなコミュニティの閉じた社会(コクーン化)にこもって、他のコミュニティや、広い世界を見ることがなくなることによるリスクである。

一方、ネット社会に入り、かつてのマスの世界から分散化した小さなコミュニティ(村)で暮らすようになった人々はネットで距離と時間を越えて世界と常時接続している。一旦人々の感情をつなぐ共通項が出てくればそれは大きなうねり(共感)となって、社会全体を動かす巨大な流れを作ることも多くなる。ネットの炎上もその一つだろう。ポスト真実を象徴するEU離脱、トランプ大統領誕生は共感の大きなうねりが作り出した巨大な渦といえる。グローバリゼーションの負の遺産がもたらした敗者の本音(ネットの基底にある)が建前(真実=理性)を破壊し、「真実」の敗北をもたらした。本音は口に出すのがはばかられる本当の気持ちだが、ネットの世界は建前、ロジックよりどちらかといえば本音の影響力が勝る社会。「保育園落ちた。日本死ね」のつぶやきに多くの人が強く反応したのはこの言葉が本音の吐露であったからだ。

グローバリゼーションは格差と分断をうみだし、その結果、本音(共感)のパワーが従来の秩序(真実、理性、建前の世界)を破壊した。

 

既存メディアの信頼性の激的低下

「ポスト真実」時代のコミュニケーションにおける劇的変化は、既存メディアの信頼性の急激な低下と偽(フェイク)ニュースの影響力の増大である。日本と米・英ではそもそも既存(マス)メディアのポジションが大きく異なる。階層社会である米・英ではメディアも階層毎にそれぞれ異なったメディアがある。一方、総中流社会といわれる日本は極めてクオリティの高いメディアに多くの階層が接触する「高度大衆メディア大国」。当然、米・英では総じてメディアの信頼度は低くなる。日本も既存メディアの信頼度は年々低下しているが、比較すればまだまだ高い。ネットがメディアの覇者となるとともに、元々低かった米国の既存メディアの信頼度はさらに急激に低下した。今や米国メディアの信頼度は平均で32%にしかすぎない。メディア信頼度が政党支持層によって大きく異なるのが米国の特徴だが、リベラル派(既得権益層=エスタブリッシュメント)の民主党支持層では51%だが、共和党支持層は14%と極端に低くなる。「ポスト真実」派の共和党支持者にとってグローバリゼーションによって既得権益者としての座を固めたリベラル派の民主党支持者が支持する既存メディアの情報は信用できない、というより「敵」という位置づけになる。

トランプ氏はマスディアは「ウソつき」だと激しく攻撃する。ソーシャルメディア(ツイッター)がその武器として絶大な効果を発揮している。今や、米国成人の44%がフェイスブックでニュースを知る時代である。ニュースルートはソーシャルメディア経由が主流になりつつある中、「ポスト真実」派の人々がエスタブリッシュメント(既得権益層)の利益代表と見る既存メディアが伝える情報を信じないのは必然である。

メディアとして、ソーシャルメディアと既存メディアを較べた時、最も大きな差異は事実とロジックで得られる真実を究極価値とする既存メディアに対し、ソーシャルメディアは本音が支配する世界である点だ。ここでは共感(感情)が最も重要な価値となる。そもそも人は自分が聞きたいことだけを聞き、聞きたくないことはスルーし、現実(真実)を認めようとしない心理がある。ソーシャルメディアは本音という感情を基盤とするコミュニティでもある。ポスト真実の時代は既存メディアの衰退と信頼性の低下という流れの中で幕をあけた。

 

フェイク(偽)ニュースの影響力

日本でも東日本大震災時のデマ、風評の記憶が思い起こされるが、ネット上のフェイク(偽)ニュースの増加と影響が世界的に大問題となっている。私も日本の代表的フェイク(偽)ニュース「虚構新聞」の情報を真に受けそうになったことがある。米大統領選でも、マケドニアの若者が金目的で偽ニュースサイトを立ち上げ、莫大な利益を得たり、ワシントンのピザ店が小児性愛や児童売春の拠点となっており、これにクリントン氏が関与しているという偽ニュースが拡がり、発砲事件まで引き起こしている。米大統領選ではフェイスブックで拡散された偽ニュースのエンゲージメント率が大手ニュースメディアサイトのエンゲージメント率を上回ったという調査結果が発表されて衝撃を与えた。マスメディアよりもフェイク(偽)ニュースの方がエンゲージメントが強いという事実は多くの人にショックだったようだ。事実と異なる偽ニュース(デマ)が実際に影響力を持つということは実際に偽ニュースを信じる人が多く存在するという現実があることだ。偽ニュースに接した時、「ありうること」と思わなければ、拡散しないし影響も生まれない。「全く荒唐無稽な話」「ありえない話」は伝播しない。今の時代になぜ偽ニュースが信じられ、広く伝播し、現実に人々がデマに踊らされるのか。まず言えることは今は何でも起こりうる時代、何が起こっても不思議でないと多くの人が思っている予測不能な不確実な時代になったからだ。想定外のことが頻発する時代なのだ。ある程度は先が読めた安定した予定調和社会はもはや存在しない。

そもそも、デマが発生するのは強い関心をひく重大な事象が起っているのに、その事象についての情報がほとんど得られない、納得(満足)できる情報がない、あいまいさが解消しない不安な時である。そして事実が明確になった時、デマは消滅する。それ以外にデマが消滅するのは事象そのものへの関心、重要性がなくなった時と、もっと強力で重要(影響が大きい)な関心事が出現した時しかない。フェイク(偽)ニュースが強い影響力を及ぼす時代は、これまで当たり前と信じていた「常識」が通用しない、不安で不安定な時代に突入したことを意味する。「常識」が消滅し、「常識」を保証していた権威が信頼を失い崩壊していく時代が「ポスト真実」の時代である。この権威の中に当然、既存メディアがその代表格として含まれるのは言うまでもない。

 

ネット社会では情報は仲介機能をもつメディアの助けなしでも伝わり、拡散する。拡散を増幅する主役がソーシャルメディアとキュレーションメディアである。ネットはメディアの役割を果たすだけでなく、情報流通の場そのものを提供するプラットフォームでもある。情報の入手、共有、拡散、そして共感の場である。こうしたネット中心の情報社会では自分が興味がある情報だけを受け入れ、関心のない情報はスルーする傾向が強まる。情報入手の簡便かつ最強の手法(情報源)は検索だが、検索行動自体が自分の得たい情報だけしか得られないものである。こうした傾向は、結果として認知よりも共感、建前よりも本音、外部世界より自分の世界、マスよりクラスタ(小集団)、真実より感情へと人々の気持ちを引き寄せていく。サイバーカスケード、セレンディピティ、フィルターバブルのリスクは情報の偏在化に起因するものである。情報の偏在化は人を真実から遠ざけ、判断を誤る危険を内包している。真実を伝えることがミッションであるジャーナリスト、メディアにとって「ポスト真実」時代は、その存在意義そのものが問われる厳しい時代といえる。

篠崎良一

篠崎良一

共同PR(株)入社以来、危機管理広報コンサルティング、危機管理広報研修を担当。
リコール、企業不祥事、内部告発など数多くの危機管理実務、コンサルティングを実施しています。
著書に『実戦企業広報マニュアル』、『会社を守る!もしものときのメディア対応策』(共にインデックス・コミュニケーションズ)『広報・PR概論』(共著、同友館)『広報・ 『広報・PR実務』(監修、同友館)。
日本広報学会会員、(社)日本PR協会認定資格『PRプランナー』試験委員。