PR戦争から共創へ、COVID-19ワクチン開発の舞台裏
 
 

勇気を出して参加すれば、オンラインイベントがいかに人を勇気づけてくれるかを思い知る今日この頃。PR総研副所長を務める筆者、上瀧和子が名誉職として、日本支部理事ならびにAPAC地域本部メンバーシップマーケティング局長に就任した国際団体、IABC(国際ビジネスコミュニケーター協会) の「IABC World Conference 2021」が6月28日~30日にオンライン開催されました。今回は、驚きと感動を呼ぶファイザーの基調講演をお届けします。

IABC World Conference 2021 (social27.com) (要登録) ※ディスカウントあり、計50以上のコンテンツ公開期間は8月31日まで

「IABC World Conference 2021」 は日本を含む20カ国以上、アジアパシフィックを含む8地域から、3日間にわたる参加者数600名に上りリアルタイムの活況を呈しました。24業界のトップたちが、Facebookをはじめとするスポンサー10社の協賛を得て登壇。計50以上のコンテンツ公開期間は8月31日までとオンラインアクセスが可能です。しかも、過去6カ月間にIABCに参加したニューフェイスのみならず、これを機にIABCに参加した新メンバーは、99ドル(1万円程度)ですべてのリプレイにアクセスできるというディスカウント付き。NPOならではのアクセスの良さ、インクルーシブネスを保ちながら、広報、広告、マーケティングといった業種分断型ではなく、「国際ビジネスコミュニケーション」という包括的な視点で事業をけん引するリーダーたちの声は、実にリアルで深い学びにつながります。

嫌われもの企業からの脱却に挑むPR戦略

最初のキーノートスピーチ「The Vaccine Race: A Story of Collaboration & Communiation」(ワクチン開発競争:協業とコミュニケーションのストーリー ※筆者訳)に登壇したのは、 2007年にファイザー社に入社、Executive Vice President and Chief Corporate Affairs Officerを務めるサリー・サスマン(SALLY SUSMAN)氏。以下、あくまでも要約ながら長文となった紹介をご笑読ください。

Sally Susman 1.png

サスマン氏の任務は、ファイザーのすべての外部ステークホルダーとの関わりを主導し、グローバルな政策への関与、ガバメントリレーション(政府関係)、投資家コミュニケーション(IR)、およびチーフ・ペイシェント・オフィス運営を含む、あらゆるコミュニケーションの統括。ファイザー財団の副会長であり、ファイザーの政治活動委員会の共同会長も兼務し、ファイザーのCSRグループも統括しています。さらには広告・マーケティング業界のWPP plcの取締役、およびThe International Rescue Committeeの取締役会の共同議長を務めるというパラレルライフの実践者です。

多岐にわたる、という表現では語りつくせないサスマン氏はファイザー入社以前、化粧品のEstée Lauder、金融サービスのAmerican Expressでコミュニケーション職を遂行。それまでは政府機関にて8年間にわたり国際貿易問題担当を務めた経歴を持っています。

ニューヨークの自宅からリラックスして語りかけるサスマン氏は、コロナと共に始まった18カ月にわたる、「不可能を可能にした」想像を絶するワクチン開発の舞台裏を語ってくれました。

世界保健機関(WHO)がコロナウイルスの発生を宣言したのは2020年春。筆者がまず驚いたのは、サスマン氏が「10年以上、ファイザーのコミュニケーションに尽力してきたが、コロナ発生前のファイザーは内なる課題を抱えていた。それは「巨大な製薬会社」としてのブランド不信だった」と率直かつ端的に認めたことでした。

人命を救え、 無名CEOの挑戦

CEOのアルベルト・ブーラ(Albert Bourla)氏は、2019年1月にCEOに就任。WHOのコロナ宣言時、まだまだグローバル企業のトップとしては無名でした。

しかしながら社内では、大きな企業文化の変革を推し進め「患者さんの生活を大きく変えるブレークスルーを生みだす(breakthroughs that change patients’ lives)」という新たなスローガンを掲げ、企業目的(パーパス)を描き直しました。 「アルベルトがファイザーとしての会話をリードしはじめた」とサスマン氏は述べます。 Values&Behaviorsとして、「勇気(Courage)」「卓越(Excellence)」「公平(Equity)」「喜び(Joy)」という価値および活動の規範を提示。また、社員一人ひとりが心を寄せる患者の写真を常に持つように働きかけ、従業員が企業目的を日々、実感するように導いたのです。
ファイザー株式会社 – 会社案内 – 企業目的・Values & Behaviors・事業概要 (pfizer.co.jp) から抜粋

パンデミック開始に伴い2020年3月、ファイザーはニューヨーク本社を閉鎖し、オフィスをバーチャル化しました。そして ブーラ氏はCEOとして以下3つの宣言をします。

1 世界中の9万人の従業員が、ファイザーにとっていかに大切かを伝える。
2. 癌やアルツハイマーなどの必要な治療薬を安定的に供給し、病院の運用が止まらないよう支える。
3. 2020年秋までに、記録的な速さでワクチンを導入する。

この3つ目は、社員全員にショックを与えたと言います。なぜならば、通常は8~12年かかるワクチン開発を、8ヶ月で成し遂げるという、通常では考えられない思考の転換、行動変化を実現しなければ絶対的な無理難題だったからです。 ブーラ氏は後に「内心、莫大な不安を毎日抱えていた」と告白しますが、ともかく、日々刻々と失われていく命を守るために、実行に邁進しました。

これを支えるため、サスマン氏は大胆なメディア戦略を実行。なぜならば彼女は個人的に、4つ目の宣言を心に秘めていたからです。それは

4.評価をひっくり返す。嫌われものの大企業でなく信頼される会社になる。

という、PRのチャレンジそのものでした。

無謀で大胆なメディア戦略

そこで2020年5月、 ブーラ CEOがForbesの表紙を飾る特集記事を獲得。たった8カ月でのワクチン開発が可能な理由を述べ、希望を見せるのみならず、ギリシャで生まれ育った ブーラ氏の半生についても語りました。ドイツからのユダヤ人移民としてホロコーストを生き延びた父らが営む酒類販売店の息子として、中流階級から獣医になり、ファイザーでの25年のキャリアを進みはじめる。家族とともに5カ国、8都市を移り住みながら患者のための業務改革に次々と取り組む経営者、 ブーラとその仲間たちに、読者は共感しました。

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The Race Is On: Why Pfizer May Be The Best Bet To Deliver A Vaccine By The Fall (forbes.com)

ブーラ CEOはJohnson&Johnsonを皮切りに、競合他社に働きかけ、9社が力を合わせてCOVID-19ワクチンを開発するよう協力を取り付けます。そして9月には共同声明を宣誓。敵は他社でない、ウイルスだ。「サイエンスは勝つ」というメッセージを打ち出しました。

COVID-19 Vaccine Maker Pledge.png

サスマン氏はさらに、Disney、 National Geographic、CreativeWorksに委託して、経験したことのない挑戦に取り組む社員たちを動画に記録していきます。ワクチン開発が成功するという確約はなく、リスクのみが注目される中でも、「患者を救う」ことだけに全社員が集中し、ひるまない姿を捉えていったのです。こうして制作された Mission Possible: The Race for a Vaccine は2021年4月7日にYouTube公開され、7月7日時点で51万回に迫る勢いで再生されています。

突然の政治介入、断固たる宣言

Politics Science and Race for Coronavirus Vaaccine.png

しかしここまでの道のりは、前代未聞の厳しさとの闘いでした。2020年11月、米大統領選の公開討論の場で、トランプ前大統領が「ファイザーとワクチン開発の話をしている」と述べ、いきなり政治闘争に巻き込まれたのです。ファイザーにとっては寝耳に水だっただけでなく、「政治には介入しない」という自社ポリシーに反した、勝手な報道と社内は憤りました。

ファイザーは怒りを抑え、報道機関に訴えるPR活動を展開するのではなく、自社による事実に基づく透明な情報公開という手段を選びました。これにより社員、世間から大きな信頼を勝ち得ました。

An Open Letter from Pfizer Chairman and CEO Albert Bourla | pfpfizeruscom

そしてアメリカ食品医薬品局(FDA)ならびに世界の規制当局と密に連携しながら、とうとう2020年11月、FDAから「有効性90%」というお墨付きを獲得。このシーンはピリピリとした緊張の後、あまりに感動的なので、ぜひサリマン氏の動画とYouTubeともにご覧いただきたい。

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「今、ロゴを変える」大統領の隣に

ファイザーは変わった。それを形にするため、ファイザーはこの1月にロゴを変えました。ロゴ刷新はコロナで中断されていたプロジェクトだったが、まさにワクチン開発を完成した今だからこそ、実施したのです。社内から湧きあがる「なぜ、ようやくワクチンを世に出し、企業として認められる時に、ロゴを変えるんだ」という反対の声を差し置いて、サリマン氏はPRのプロとしての戦略実行を進めました。

ファイザー社企業ロゴ刷新のお知らせ (pfizer.co.jp)
Our Visual Identity | pfpfizeruscom

ここに秘められたメッセージは、ぜひ英文サイトもご覧いただきたい。
「ファイザーは単なる製薬会社ではありません。私たちの新しいロゴは、単なるビジネスから科学への移行を象徴しています。私たちは薬の形を解き放つイメージ、螺旋状に上昇する二重らせんに、私たちの活動の核心を象徴化しました。イノベーションの背景にある科学と、患者さんの健康に対する私たちの情熱と献身が表現されています」(筆者抄訳)

サスマン氏が「最も嬉しかった瞬間」と述べたのがG7サミットの場面。今年6月、アメリカのバイデン大統領がG7にファイザーの ブーラ CEOを同行させ、ファイザー製の新型コロナウイルスワクチン5億回分を約100カ国に提供する方針を発表した、その時でした。

「コロナ前、ファイザーの隣に立ってくれる人はいなかった、誰も隣に来たがらなかった。コロナワクチン開発のおかげで、米大統領が隣に立ってくれた」というサスマン氏のおだやかな語り口に、筆者はPRによる価値創造を志す者として思わず、感涙してしまいました。

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人類を救う逆転劇、困難に打ち勝つ冷静かつ人間性あふれるコミュニケーション。これこそが今、世界に求められているのではないでしょうか。

一人ひとりが明日のミニ版サリー・サスマン、ベンチャー版ファイザーになれる、PRには大きな力がある、と抱負と期待を抱いたセッションでした。

#IABC2021 #IABCAPAC

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