現代マーケティングの父、フィリップ・コトラー氏が立ち上げ世界の英知が結集するワールド マーケティング サミット(WMS)。世界104カ国、60万人が視聴したeWMS 2020で最も人気が高いセッションのひとつが、「愛」の研究でした。PR会社から年始の挨拶にふさわしいテーマながら、一見ビジネスとは縁遠いものと思われがち。 スタンフォード・ビジネス・スクール 教授 ジェニファー(J.)アーカー氏が、リーダーシップをめぐる 様々なデータと洞察をもとに、人の心を温かくする多面的な研究結果を発表しました。
「愛」をもたらすリーダーの3要素
J. アーカー氏は、「愛」の構成要素は「企業存在のパーパス(目的)」、「リーダーの信頼」、「良好な人事・人間関係」とし、組織における価値をひも解きます。
まず、人を動かすリーダーに必要な3つのキャラクター(特徴)を解説。それは、「人間関係の疑心暗鬼や不安ならびに不安定と闘えること」「組織に目的を持たせ、信頼を根づかせること」「人生や仕事に意味を持たせること」です。これにより風通しが良くなり、組織全体が同じゴールに向かえる、と述べます。
なぜそう断言できるのか。その背景には学術的なデータはもちろん、J. アーカー氏の幼少期からの経験がありました。ブランド論で名高いデービッド・アーカー教授を父に持つジェニファー氏。母は40年にわたり、病院でボランティア活動に勤しみ、人が亡くなる前に口にする言葉を、娘に伝えてきました。
死ぬ間際の人の異口同音の思いとは―。それは、「臆病にならずに、もっと大胆に生きていたかった」「真面目になり過ぎずに、もっと笑い楽しみたかった」「もっと愛を感じ、愛していると言いたかった」というもの。程度の差こそあれ、だれもが他界する前に、人生の意味、目的、そして愛を振り返り、後悔するのです。
ビジネスと人生の「意味」「大胆さ」
ビジネスは、人生と同じく「意味」があってはじめて成り立ちます。AIの開発であれば、人間がウェールビーイング(幸せで健康)であることが意義になります。AIによる自動走行車も、誰かを助けるために誰かが犠牲になる場面、いわゆるトロッコ問題を解決する枠組みがなければ、社会実装には課題が残る。結局、ビジネスもテクノロジーも「何のためにあるか」が明らかでなければ、それを使う人間は「後悔のない人生」から卒業できないのです。
アーカー氏はさらに「大胆さ」の重要性を強調します。それは恐れないということではありません。人間は本来、変化に恐怖心や痛みを覚える性分があるため、組織を変化させようとすると抵抗が生じます。「人は過去10年の変化は大きかったと感じるが、これから10年の変化を過小評価する」つまり未来の変化を期待しない、という調査結果もあります。
だからこそ、ビジネスには変化や成長を受け入れるオープンさ、大胆さが必要なのです。サステナブル(持続可能)な靴ブランド、Allbirds(オールバーズ)を例に、前例踏襲や理論偏重ではなく大胆なモノづくりへの挑戦により、2年間で14億ドルを売り上げ、毎週1.5%の伸びを見せる新たなビジネスモデルを評価します。そして、「以前、自分が大胆だったと思う場面を思い浮かべるだけで、来たる変化を受け入れやすくなる」という研究結果を示しました。
「面白い」をつまらなくする思い込み
加えて必要なのは、深刻になり過ぎない「ユーモア」です。世界140万人を対象にした「昨日笑ったか」に関する調査によると、16歳~20歳は概ね「はい」と答えるのに対し、就職する23歳になるとその数はがくんと減少します。世界的に、働き始めるとともに笑う頻度が減り、それが定年退職するまで続く傾向がみられます。
これはなぜなら、ユーモアMyth、ユーモアにまつわる致命的な4つの神話(迷信)があるからです。
それはまず「厳しいビジネスにおいてユーモアはゴール達成を妨げる」というもの。
2つ目は「職場で笑いが取れなかったときのリスクが大き過ぎる」。
3つ目は「ユーモアとは先天的に持って生まれた人だけのもの」で、これは理不尽な間違いだと言います。
子どもは皆、自分が面白いと思っていて、4歳児は一日平均300回笑う。これに対し40歳は同じ300回笑うのに2カ月半を要する、というデータもあるのです。
最後が、「ビジネスで面白い人と思われるには、冗談やトークが上手でなくてはならない」というもの。
異文化の調査によると、ユーモアには地域性があります。天性のエンターテイナーが鋭いツッコミで笑いを取るようなカリスマ的なものもあれば、場を和らげる、雰囲気を良くする、気持ちを上げるなどなど、笑いには多面的な要素があるのです。「笑いのハードルは低い」とJ. アーカー氏は微笑みます。
こう考えると「笑いは武器」とも言えるでしょう。ユーモアを備えた人間は、自信があり、地位が高いという調査結果もあります。笑いは目標達成を支え、緊張を緩和し、クリエイティビティを刺激して新たな視野を広げるのに役立ちます。
笑いは武器、の成功事例
チームの恐怖心を取り除いて、心理的な距離を縮めてまとめる上で、ともに笑うことは信頼の強化につながります。なぜなら、人は笑うと、脳内で信頼ホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されるからです。
笑いがもたらした成功としてJ. アーカー氏はミレニアル女性向け媒体「theSkimm」の共同創業者、カーリー・ザーキン(Carly Zakin)氏とダニエラ・ワイズバーグ(Danielle Weisberg)氏を例に挙げます。ニュースプロデューサー職を邁進していた当時20代の女性2人、友人同志で立ち上げたtheSkimmは、今のニュース消費者の視点で世界を切り込みながら笑いを波及させ、絆をもとに人気を集めています。カーリー(ザーキン氏)が、『2012年の創立時は人に「カーリー、ダニエラがパートナーになってよかったね、あなたも面白くなってきた」と言われた』と笑うのを見て「ダニエラ(ワイズバーグ氏)は面白い人なのだろう」と想像して頬が緩むのです。
こうしたビジネスの新定石は、人生にも当てはまります。夫婦を対象にしたある調査によると、「一緒に笑った時のことを思い出すと、幸せな時を思い返すよりも、幸せ度が23%上昇する」「ともに笑った場面を思い出すと、幸せな場面を思い出すよりも23倍幸せを感じる」といった結果も現れています。
実際、J. アーカー氏はスタンフォード・ビジネス・スクールで、笑いを監査(ユーモア・オーディット)する授業を展開しています。7日にわたり、「自分が笑った時、人を笑わせた時」を詳述させると、生徒たちは最初に考え込み「もう火曜の夜なのに笑ってない」と焦ると言います。しかし日を追うごとに、ゲラゲラ笑う種類以外にも笑いがあるに気づき、笑いは習慣になること、失望するのではなく喜ぶことの価値を実感していきます。
「愛」を稀少化しない投資対効果
『「愛」という言葉そのものに認識の誤りがある』とJ. アーカー氏は指摘。「愛」というと、家族や友人など少人数にのみ使ってよいと思いがち、と言います。
しかし実際、「愛とはそんなサイロ化されたものではない」と主張。真のプロフェッショナルは顧客への愛が起点にあり、より高い目的のために働く。だから「仕事における愛」という概念はまさに正当なのです。
人は仲間として大切にされることで、刺激を受けて志を共有し、チーム戦を勝ち抜き成功を収めます。その成功の指標は変化していきます。J. アーカー氏が講義したソフトウェア企業アドビでは、CEOシャンタヌ・ナラヤン氏が直属幹部の前で「目標は5年間50億ドル」と発言した時に緊張が走りました。それを見て即座にナラヤン氏は「世界中のクリエイターたちの能力を解き放つ」と述べ、一同の表情が明るくなったと言います。マーケティングでも財務でも人事であっても、目的に向かう刺激を与える「愛」の投資対効果を活用すべき時なのです。
ある調査では、社員がパーパスに共感し尊重されている企業では、従業員エンゲージメントがその他の1.4倍高く、仕事の満足度が1.7倍、働き続ける意欲は3倍に上るという結果が出ています。さらにはパンデミック下だからこそ人間性の重要性が増し、製品、企業文化、テクノロジー、あらゆる側面に愛が求められてるのです。
J. アーカー氏は航空会社JetBlue Airwaysの会長ジョエル・ピーターソン(Joel Peterson)氏を例に、「人間が企業のように働くのではなく、企業が人のように生きる」と述べます。最後にアーカー家が実践する「コミュニケーション成功のルール」として、文末を「Best」と”敬具”的な紋切り型の定形で終わるのではなく、「Warmly」「Love」”心から”などのメッセージ添えることで、共感を築けると紹介しました。
愛情を多面的に表現することが、ビジネスと人生の信頼構築における第一歩なのです。
関連記事: 愛からはじまるリーダーシップ:スタンフォード・ビジネス・スクール教授 ジェニファー(J.)・アーカー:日経xwoman Terrace (nikkei.com)
世界最高の愛の効用:スタンフォード・ビジネス・スクール J. アーカー:オルタナティブ・ブログ (itmedia.co.jp)