PRは発信者の伴走役ですが、常に万能ではありません。この2月、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会における「森氏発言」ならびに謝罪会見が発信者の独りよがりを露呈しました。どんなに社会的地位が高い権力者でも、PR戦略を描けない裸の王様では組織を率いれないことが明らかに。世界ナンバーワンコーチの教えをもとに、個々人の強みを引きだす「コーチング」とPRに共通する課題解決に迫ります。
本人に内在する力を導き出す「コーチング」
「コーチング」とは従来型の教え(ティーチング)ではなく本人の目標、意欲、行動など内在する力を導き出す支援を指します。現代マーケティングの父、フィリップ・コトラー率いるワールドマーケティングサミット(eWMS2020)にて、”コーチングの神様”世界ナンバーワンのマーシャル・ゴールドスミス氏が、コーチングの要を世界に伝授しました。
経営の博士号を持ち、これまで43冊の書籍を執筆、ベストセラーを生んでいるゴールドスミス氏のコーチング歴は40年。仏教研究者として、今日の未曾有の時代に必要なリーダーシップの要素を、インド哲学に見出します。その長年の研究と経験から来る、危機下で生きるコーチングの極意をMarshall Goldsmithにて無償公開。飄々と「人はいずれ死ぬ、少しでも善行ができたら幸せ」と笑います。
そのコーチングの肝は「ありのままを受け入れる」「実践的な楽観主義」です。これには、コロナを伴う現実を見据える冷静さと、外部要因に囚われない思い切りが必要です。やるべきは、自分がコントロールできることだけを選択し、明確な戦略を立て、集中することです。「ノイズはキャンセルしろ」と訴えます。
しかし、世界有数のリーダーや経営者たちでも、痛みを伴う判断や実行に迫られ、穏やかでいられない日々が多い。その中で安眠を得るには「自分が正しいと思ったことをしたか」「最善を尽くしたか」を自省して納得することだと言います。人間だから失敗や過ちはある、しかしできることはその2点だけだと、無用な心配を取り払います。「和を結べ(make peace)」と述べ、穏やかであるための和解や折り合いの大切さを強調します。
さらには、ピーター・ドラッカー財団のアドバイザリーボードを務めた経験をもとに、「ポジティブな違いを生めるか、そのための投資をしたいか」「どうやってプラスの変化を最大化できるか」を自らに問うよう呼びかけます。まさにスポーツを例に、ゴルフ時の外部環境によって失敗し気が動転する場面を想定して「忘れろ、深呼吸。雑念をとり払い、戦略を立て直せ」「目の前の球だけに集中、打て」とげきを飛ばします。
なおゴールドスミス氏のコーチング謝礼は、「クライアントの周りの人が成果を認められたときにのみ支払われる」という独自の課金体系です。これにより、クライアントが自主的にリスクを取り、コーチは謙虚になるという、機能的なシステムが生まれているのです。
この背景には、数学学士修得者として発見した「一人当たりのコーチングに費やす時間と成果の反比例」がありました。つまり、いくら時間を費やしても成果が出ない人は出ない。大きな成果が出る人に長時間のコーチングは必要ないのです。
そこで、ゴールドスミスが信頼するクライアントであり、ボーイング、フォードなどの経営で高い評価を得たアラン・ムラーリー(Alan Mulally)氏の言葉を引用。「コーチとしての最大の挑戦は、クライアントの選択」「コーチングは自分のためではなく、自分が誇る素晴らしいクライアント本人、その努力ため」と強調。「自分が大切に思う人だからコーチングができる、そうでなければ機能しない」と断言します。
コーチングプロセスの質問6か条
その上で、コーチングに必要な質問6か条を伝えます。これは、上司から部下に向けるのに適した質問項目です。同時に、PR会社のようなエージェンシーからクライアントに向けるのにも適しているのではないでしょうか。
一つめは、「わたしたちはどこに向かっていますか?」「わたしたちはどこに向かうべきですか」です。今のような危機的状況では、将来の見通しは期待できません。だからこそ、どの方向に向かうかの透明性が必要なのです。
二つめは、「あなたはどこに向かっていますか?」「自分の担当、緊急性、優先順位を考え、あなたはどこに向っていくべきですか」です。そこには、「大局と詳細」「本人とその他の人」が連携している必要があります。
三つめは、「よくやれていること」「自分がよくできていると思うこと、自分を誇れることは」です。人は人に認められないことが苦痛です。そのためこの質問は大切です。
四つめは、「これからどうやって、一緒にもっとよくやれるか」です。これは過去を振り返るフィードバックならぬ、前を見るための「フィード・フォワード」のプロセスです。上司であれば、いくつか提案してみて、「あなたが自分自身のコーチなら、自分にどんなアイディアを投げかけますか」を掘り下げるのです。コーチングにおいて非常に有効だと言います。
五つめは、「どうお手伝いしましょうか?」「あなたのゴール達成を支えるのにわたしは何ができますか」です。今の状況に即して聞きましょう。
六つめは、「わたしに対してどのようなアイディアがありますか?」です。耳を傾け、感謝することが上述の「フィード・フォワード」につながります。決して何かを約束しないこと、自分ができることをするのみ、というのが大切な点です。
以上の質問が機能するために必要な要素は「相互責任」です。上司は、あくまでも部下が必要なときにサポートすればよい。しかし部下自身が、業務過多を感じたり、方向性が見えなくなったり、連携が取れなくなったり、自分のパフォーマンスが見えなくなったりしたら、それは間違いなく上司へのフィードバックが必要な時です。そのフィードバックは部下の責任である、と理解してもらう必要があります。そしてそうした場合は、連携、透明性、焦点を見直します。
これは、エージェンシーが機能しなくなったらクライアントに即フィードバックすべきであることとつながるでしょう。
リブバリューを実現、毎日3分の質問スコアリング
「今や日常が”話だけ”のトークバリューに溢れている。必要なのは”生きる価値”、リブバリュー」とし、娘であるケリー・ゴールドスミス氏(Prof. Kelly Goldsmith)が掲げる「わたしは今日、ベストを尽くしましたか」6項目を公開。
それは
「わたしは今日、明確なゴール設定にベストを尽くしましたか」
「わたしは今日、自分のゴールへの進捗にベストを尽くしましたか」
「わたしは今日、意義を見出すのにベストを尽くしましたか」
「わたしは今日、ハッピーでいるようベストを尽くしましたか」
「わたしは今日、他の人とよい人間関係を構築できるようベストを尽くしましたか」
「わたしは今日、集中して心血を注げるようベストを尽くしましたか」
です。最後の質問はエンゲージメントについてですが、それはマインドフルとも言い換えられます。マインドフルであるために必要な質問はただ一つ「わたしは今、自分がなりたい人間になっていますか」と述べます。
目の前とその先のPR
SNSでつながるPRプロフェッショナルの話題になりやすいのが、「何が記事になりますか」「どういった情報(ネタ)なら取り上げてもらえますか」というもの。それはPRとして与えられた 目の前の仕事をまっとうする上で、直球にあたる質問でしょう。一方で、冒頭の不祥事がいったん発生すれば、会見のわずか1時間ほどで取り繕うことは不可能、 本質があらわになり、組織の危機に直結します。
PRは組織運営と、PR会社はクライアントと 「相互責任」 の関係にあると言えます。 「自分が大切に思うからPRができる、そうでなければ機能しない」 もコーチングと同様です。PRの仕事では、自分の評価につながるから、上から認められるからと記事数を競うといずれ 成長が止まり、行き詰ります。自分がなりたい自分になり、世の中の役に立つ、そのためのPRがプロを育て社会を浄化するのです。
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