ワールドマーケティングサミット東京2019 、早稲田大学大学院 経営管理研究科教授 川上智子氏の「日本発のマーケティングによる価値創造とイノベーション」講演の後半。前半の破壊的イノベーションに続き、今あるものを生かす”非破壊的イノベーション”に注目しました。
非破壊的イノベーションのパーク24
川上氏は、非破壊的イノベーションを、「ブルー・オーシャン戦略」と「サステナビリティマーケティング」の2つの切り口で解説しました。
「ブルー・オーシャン戦略」について、2018年INSEADケースにまとめた、パーク24のコインパーキング事業、タイムズの事例を紹介。
パーク24は、人の往来がある小スペースに出店するコンビニエンスストアのモデルを、時間貸の駐車場に置き換えて展開。土地不足の日本における遊休地を活かすことで、既存業界をうまく生かしつつ、新しい顧客価値を生みだしました。
日本人マネジメントの持続性(サステナビリティ)
「大変なコトラー先生ファンです」と自己申告する川上氏は、コトラー氏にちなんだ研究を紹介。
2015年 フィリップ・コトラー氏の著作 『Confronting Capitalism』 日本語版 『資本主義に希望はある―私たちが直視すべき14の課題』に触れ、これにインスパイヤされた関西大学教授 岩本明憲氏、一橋大学大学院准教授 鈴木智子氏との共同研究について紹介。8月にシカゴで開催された2019 AMA Summer Academic Conferenceにおける発表内容を紹介しました。
そのタイトルは、『Implementing Sustainability Marketing Strategy: Findings from collectivistic culture』(サステナビリティマーケティング戦略の実践 ~ 集団主義文化からの発見) 。
「日本人はシャイで、”こういうことを言ってます”と言いづらい恥の文化」「隠していても、言わなくても分かり合える、社会的な活動を大っぴらに言ってこなかった集団」という日本人のマネジメントを研究対象にしています。そのサステナビリティをフレームワークに落とし込もう、という研究です。
ソーシャルマーケティングと三方良し
その研究の出発点とも言える論文を2つ紹介。
- コトラー氏が1971年『Journal of Marketing』に共同発表した論文『Social Marketing: An Approach to Planned Social Change』(ソーシャルマーケティング ― 計画的な社会変革へのアプローチ)
- コトラー氏が着目したG. D. Wiebe著のソーシャルマーケティング論『Merchandising Commodities and Citizenship on Television』 (汎用品の商品化とテレビにおける市民権)
そこで、「企業が行うソーシャルマーケティング」と、「NPOが行うソーシャルマーケティング」という分類に触れ、最近の実践例として乳がん早期発見の啓蒙を目的とした「ピンクリボン」を取り上げました。
- 企業:キャンベルスープのピンクリボンキャンペーン(2007年米プレスリリース)
- NPO:福井県済生会病院の壁を飾るピンクリボンのペイント(2018年お知らせ)を通して、乳がん検診の受診率が向上
さらに、日本の近江商人に始まった「三方良し」- 売り手良し・買い手良し・世間良しに踏み込み、「ここの世間とはローカルコミュニティ、本業の稼ぎで学校や橋を作ること」と説明。
「サステナビリティマーケティングは、より広範囲でより大きなインパクトの活動に広がっている」と述べました。
日本のサステナビリティマーケティング
ここで、日本のコミュニティ各地で展開されているサステナビリティマーケティングの事例2つ、パンアキモトとワイス・ワイスを紹介しました。
37か月間保存できるパンの缶詰を販売する栃木県那須のパン屋さん。
賞味期限1年前に商品を回収し、飢餓地域に寄付。
本業で社会貢献しながら年商5億円に成長(参考)。
表参道にあるスタイリッシュなデザインの家具屋さん。
日本では近年、輸入された安い家具の販売が増え、国内の森林資源が弱ってきている中、国産材、フェアトレード材のみを使用(出典)。
環境に優しいパタゴニア店舗の家具を、神奈川県の地域の木材で提供するコラボレーション(出典)。
循環する経済へ
今、川上氏が注目しているのは、サーキュラーエコノミー(循環経済)。これまでの、消費の最後に廃棄物が出る社会からの脱却。その循環経済は、削減・再利用・再生(Reduce、Reuse、Recycle)からなる「3R」の先にあります。
ヨーロッパでは、製造時から資源導入量を押さえ、廃棄物を出さない取り組みが進んでいます。オランダ政府は2016年、2050年までの展望を発表(出典)。日本でも、NPOサーキュラーエコノミー・ジャパン(CEJ)が発足しています。
ここで身近な事例として、千葉県にある日本発、アジア初のサーキュラーエコノミー型の美容室、オリエンタルジャーニーを紹介。大企業のものだけでない、企業の規模を問わない、今日から自分ごととしてできる複雑な社会課題へのチャレンジに光をあてます。
- THE ORIENTAL JOURNEY(オリエンタルジャーニー)
美容室とは、国内店舗数でコンビニエンスストアの3~4倍に上り、電気、水、薬剤の環境負荷が高い存在。その根本を見直し、オーガニックコットンなどにこだわり。1人運営体制で経済循環を実現。
川上氏は、「今日の(髪型の)ために、事前にオリエンタルジャーニーに行って来ました」と身体を張った体験談も。
デジタル&ソーシャルなおにぎりエコシステム
続けて、デジタル環境を活かしたNPOのソーシャルマーケティングの事例として、TABLE FOR TWOのおにぎりアクションを紹介。
- おにぎりアクション(TABLE FOR TWO)
おにぎり写真の投稿1枚ごとに、アジア・アフリカで飢餓に苦しむ子どもたちに給食5食を届ける社会貢献運動。
開発途上国の飢餓と、先進国の肥満や生活習慣病の解消を、同時に目指す取り組みです。昨年はキャンペーン1か月で20万枚の写真投稿、広告効果(資産)は7.7億円。協賛企業は50社。
川上氏は、聴講席に座るTABLE FOR TWO代表の大宮千絵氏を呼び、「日本発のアジア・マーケティングアワード3.0受賞者」と紹介して拍手を誘いました。
おにぎりアクションのエコシステムでは、TABLE FOR TWOが中心となってプラットフォームを形成し、そこに企業がそれぞれの立場で参加します。例えば、トップスポンサー 日産は、ミニバンのセレナを対象に、家族が自動車でおでかけにいく姿を推進。伊藤園は、おーいお茶製品とおにぎりの写真投稿を促進しています。スポンサーは、枠組みも動機もいろいろなのです。
おにぎりアクションが巧みなのは、企業のスポンサーシップにより、消費者は無料で写真投稿するだけで給食の寄付に参加できる、マルチサイドプラットフォームを形成している点です。
「おにぎりアクションが可能にするのはブランディング、ESG投資、SDGs課題解決」「このキャンペーンを通じて社会に良いことをしたい、という思いは一緒」と川上氏は説明します。
そして「これをヒントに消費の質を変えよう」「大量生産、大量消費でなく、どこにお金を使うか考え直そう」と問いかけました。
暮らし変える実践者たれ
川上氏は、研究や教育に従事するのみならず、「マーケティングで生活を良くする実践者でありたい」という思いを大胆な行動に。”暮らし・変える”をもじって命名したクラシカエールという産学菅連携のプラットフォーム型プロジェクトを立ち上げました。
これは、2017年に音大生中心のエール管弦楽団の依頼を受けたもの。川上氏の研究室の学生とともに、クラシックに足を運んだことがなかった人に足を運ばせる、ブルー・オーシャン戦略を実行。クラシック音楽の新市場創造に取り組んでいます。
2018年は、プロジェクションアートとクラシックを、今年は空手とクラシックを組み合わせるイノベーションを実現しました。
2019年3月に実施したコンサート「空手カルメン協奏曲」では、オーケストラの前に空手家50人が登場。その手元にはソニーが技術協力したMotion Sonicが装着され、その動きがスピーカーに伝わり音楽になります。指揮者は空手家の息遣いを感じながら、互いに音と一体になる演奏、演出が実現(関連記事)。
その人気から、すでに2020年の公演も2月29日、 晴海トリトンスクエア内・第一生命ホール(東京都中央区晴海1-8-9)での開催が決定しました。
コンサートの成功に安堵する川上氏は、「クラシカエールも2年目で収支があってきた」「マーケティングは芸術分野でも使えることを実践者として確認している」と朗らかに述べました。
青い海へ
まとめとして川上氏は、The Journal of Product Innovation Management編集委員の観点から、「プロダクトのイノベーションからすべてがはじまる」と述べました。そして自身の家族写真とともにマーケティングの自分ごと化を辿り、「次世代につないでいくこと、サステナビリティをマーケティングの力で実現しよう」と訴えます。
さらに「日本企業に必要なものはモノづくり志向からの脱却、マーケティングドリブンな発想」「マーケットに反応するのでなくマーケットドライブ型に転換を」と提唱しました。
エコシステムはいろいろな参加者があってこそ。シェアホルダーでなくステークホルダーのマネジメントを通してこそ、エコシステム形成、価値共創が実現します。
「非破壊的イノベーションはマーケティングにより実現できる」「既存を壊すレッドオーシャンでなく、ブルー・オーシャンは作れる」「消費の質を変えていくチャレンジ、サステナブルな市場を創出するマーケティングを日本企業と一緒に」と呼びかけました。
――
- 関連記事
<午前プログラムレビュー>
・基調講演(ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院教授、フィリップ・コトラー氏)
・講演(富士フイルムホールディングス代表取締役会長兼CEO 古森 重隆氏、ネスレ日本代表取締役社長兼CEO 高岡 浩三氏)
・パネルディスカッション(フィリップ・コトラー氏、高岡 浩三氏、モデレーター:IMD北東アジア代表 高津 尚志氏)
<ランチ休憩>
<午後プログラムレビュー>
・講演(カリフォルニア大学ロサンゼルス校ビジネススクール教授 ドミニク・ハンセンズ氏)
・パネリスト登壇(ワールドマーケティングサミットグループCEO サディア・キブリア氏)
・パネリスト登壇(ネスレ日本株式会社 執行役員コーポレートアフェアーズ統括部長 嘉納未來氏)
・パネルディスカッション 「CSV経営とマーケティング」(ドミニク・ハンセンズ氏、サディア・キブリア氏、嘉納未來氏、モデレーター:グロービス経営大学院教授 加治慶光氏)
・講演(カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院 名誉教授 デービッド・アーカー氏)
・講演前半(早稲田大学大学院 経営管理研究科教授 川上智子氏)